1日の食事を「グミ」に限定するとアゴが麻痺した
グミ。
それは、小腹が空いたときに重宝する軽食です。
口の中に放り込み、もぐもぐと歯を動かせば、一時的な食欲も満たしてくれますし、小さな幸福を味わえます。
またそれは、コミュニケーションツールとしても、たいへん優れています。
友達、初対面の人、意中の相手など、誰であっても喜んで受け取ってもらえます。むしろ、むこうから、ちょうだい、と手のひらを差しだしてくることさえあります。グミ嫌いの人はなかなかいませんし、ほんの1粒ぐらいであれば、食べたくなってしまうものです。
さらに、またそれは、洒落たファッションアイテムにもなりえます。
色彩豊かなデザイン性に、ポケットサイズの手軽な容器。
街中で、ポケットから取り出せば、そこそこ様になるのです。
はじめまして、グミ男と申します。
表情がやけに強張っているのは、自撮り棒をはじめて買って、シャッターを押してみたからです。
カシャッ
「どれどれ?」と、撮りたてほやほやの画像を見返してみると、ふてぶてしそうな顔つきの、ひげそり傷があごに残ってる、人の神経をむやみに逆なでしそうな男が映っていました。まぎれもなくぼくです。
今回ぼくは、1日3回分の食事をグミのみで、生活しました。
一風変わった食ルポで、ちっぽけな挑戦です。
グミ縛りとはいえ、味は選び放題だし、なにより好きなんで、グミが。
ただ、少しだけ臆病になったのは、過去におやつ感覚でグミにありついた試ししかなく、1食丸々をグミで腹いっぱいにした経験がないこと。
なので、未体験ゾーンに足を踏み出すささやかな不安感情を抱えています。
厄介なのは、それを上回る勢いで「やってみたい!」という血のたぎりと荒唐無稽な蛮勇でしょうか。
さて、挑戦の前夜に、近所のスーパーとコンビニを歩きまわり、グミをかき集めました。
似たり寄ったりの味にならないように、じっくり選定しました。また、お気に入りの商品や、まだ未体験な商品のバランスも加味して。
(せっかくだったら楽しんでクリアしたい)
その結果、ドーンと絢爛華美な光景を目にすることに。
圧倒されました!!
高揚感で胸がいっぱいになると同時に、言いようのない後ろ向きな感情がこみ上げてきました。準備をしたら最後、もうあとには引けない、という気負いと、果たしてまっとうできるのか、という責任感が焦燥と混乱を喚起したのでした。
もうあとはなるようになれ!!
【翌日9:30】
朝です。
人生初の「朝ごはんグミ」(※商品名ではございません)です。
極彩色のパッケージの山の中から、吸い寄せられるように手に取ったのが「カンデミ〜ナ」。
もしかすると潜在意識下では「ハードな弾力」というキャッチコピーに惹かれたのかもしれません。
かわいげな形状をしていますね。
さっそく口に放り込んでみると
おお、かたい。なかなか歯が通りません。もぐもぐもぐと何度も噛まないとこま切れにならない。すげえ、ほんと、ハード。
「スーパーベスト」を語るだけのことはあります。かてえ。
(※勘違いしていました。惹句の「スーパーベスト」は味の種類豊富さを示唆している、とのこと)
グミに酸っぱいパウダーがまぶされており、刺激的で目覚めがいい。朝にうってつけです。
コーラ味とサイダー味とエナジーソーダ味の3種類が、1袋に等分されて入っているので、贅沢な気分になります。
お試し感覚で他の2つの封も空けて、それぞれつまみ食いしました。
量をこなしたわけではありませんが、不思議とすぐに満腹になって、疲弊感もややあります。ハード系グミばかり食べたからでしょうか。
異変が訪れたのはお昼頃でした。
【13:30】
あごが重い。鈍いしこりが残ったような、違和感。
不快感はありませんし、気にしようとすれば気になるくらいのもの。
ま、ほっときましょう。
お腹が空いたので、お昼にします。
せっかくの休日で、陽ざしは眩しく、快適な気温なので、近所の公園に行きましょう。ポケットに相棒を忍ばせて。
5、6歳くらいの活発な子どもたちが、天真爛漫にはしゃぎ回っていました。遊具が壊れるんじゃないか、と時折心配になるほど。
あのね、お兄ちゃんはね。
グミを食べるんだよ。
おもむろに自分の食事自撮りをチェックすると、なぜか怪訝そうな顔つきになっていました。表情とは裏腹にわりと晴れ晴れとした気分だったんですけどね。
上機嫌の理由は、アゴにやさしいグミを、複数の選択枝の中からうまく引き当てることができたから。味は元よりその嚙み心地のなめらかさにテンションが上がりました。
そうです、すでにグミ生活を楽しもうという心意気は小さくしぼみ、なんとかこの生活を乗り切ろうとする安定主義へと舵を切り直しています。
昼食も朝食と同じく不思議とすぐに満腹になりました。全然減らない。
約1400円分のグミが朝昼の2食時点で、わずか半分も食べきれていません。
こんなはずではなかったのですが、もしかしてグミは満腹になりやすい性質の食べ物(おやつ)なのでしょうか?
いいえ、そうとも言い切れません。
というのも、昼食の1時間あとに小腹が空いて、つまみ食いしているから。
「胃の中でとけているのか」と、狐につままれるように満腹感から空腹感への移行時間が速いのです。
どうやらグミは「腹持ちがいい」とは素直に言えない種類の食べ物(おやつ)のようです。
そして、恐怖の夜が訪れてしまいました。試練の夜。まさか忍耐力と人間力を問われる拷問級の試練が待ち受けていようとは。
【20:30】
すっかり辺りは暗くなり、昼間に比べて外気は少し冷え気味。やっぱりお腹が空きました。あごに違和感があるくらいで体調は悪く無いのですが、どうしても気力に乏しい。普段より注意力が散漫して、エネルギッシュさに欠けるのです。カラダ中を覆ううっすらな虚脱感は気のせいであってほしい。
しかし、これが最後の食事です。あと1食。たったの1食。
グミ好きとはいえ、すでにうんざりしてきたのは正直な気持ちですが、グミのストックは大いにあるわけで、選択の自由のみがぼくを元気づけてくれます。結果的に、買い過ぎがラッキーをもたらしましたね。
えーっと、どれにしようかな。
これと、これと、これと。
慣れた手つきでひょいと選び、封を切り、グミをつまみ出し、口に放る。
習慣化した一連の動作は流麗であり「芸術的」と形容されて、褒めそやされるべきものかもしれません。
これがグミに魅入られた男の所作なんや。
自分を無理くり鼓舞していると、スマホにメッセージの通知が。
「夜ごはん、一緒にどう?」
こんなときに、です。
もちろん行きたい。気のおけない友人との食事は格別。しかしながら、グミ生活をこんなカタチで終わらせたくない。途中棄権は、朝と昼の自分を裏切ることになるのですから。
でも、行きたい。友達とだべりながらおいしいディナーをともに過ごしたい。
ぼくは走った。
白状しましょう、地獄でした。
四方八方から香る、料理の風。目が眩みます。
いい匂いは、暴力なのです。スーッと空気を鼻に吸うたびに殴られているみたいで、自分の中の野性的な欲望がむくむくと起き上がってきます。肉、魚、パスタ、なんでもいい。おやつ以外の調理された料理を。
自らの意志でレストラン街に足を運んでおいて言えるようなセリフではありませんが、マジでやっかいなところに来てしまった。
友人はイタリアンの気分だって。はっはーん、そうですか。
店内は人でごった返しています。イヤでも料理が目につく。マジで息を吸うのが苦痛。心の中の正直者が叫ぶ。「ふざけんなよ!!!!」
ぼくは、逆境ほど興奮するタイプの人間らしい。
パスタを目前にする。反射的によだれが口の中にあふれる。
あーん。
と、友人が鼻を膨らましてパスタを頬張る。
ぼくはグミを食べる!!!!!
(※店内で隠し持って食べていました。無作法で不道徳。ほんとすみません)
鼻に吸い込まれるイタリアンな風味をかき消すように、口にグミを放る。
脳みそは最初こそ混乱しそうになったものの、グミの風味は濃かった。絶えずグミさえ噛んでおけば乗り切れます。こういうときに心強いのがハード系グミ。もぐもぐもぐ。咀嚼は正義です。
(※翌日、左半分の口が少し麻痺して閉口運動できなくなるとは、むろん、このときは知る由もなかった。)
友人は、なぜか、いつもよりおいしそうに食事をしていました。勝ち誇るように。ぼくを蔑みながら。
ぼくは、いま、一体どんな顔をしているのでしょうか。
意識が薄弱になっているのか。ぼーっとしているのか。